辰巳工業株式会社|企業名|人本経営企業のベンチマーク|株式会社シェアードバリュー・コーポレーション

人本経営企業のベンチマーク

辰巳工業株式会社

辰巳工業編

先週、茨城、滋賀、大阪で8社の視察を敢行しました。いずれの企業も唸らされる経営をしているところばかりでしたが、とりわけ印象に残ったのが大阪、茨木市にある辰巳工業株式会社でした。

そこは元スチュワーデスの経歴をもつ女性企業家が経営の舵を取る鋳物工場でした。客室乗務と鋳物工場というまったく関わりのないキャリアのギャップにまず驚かされました。二代目の経営者であるご主人のもとに嫁いできたことが現在の職につながっていきます。

こう書くと、タナボタ式で経営者の座にいるのではないかと勘繰りたいところですが、辰巳施智子社長が代表取締役に就いた時は、会社は赤字経営が続く状態でした。これを不断の努力によって経営革新をし、黒字企業へと変身させてきたのです。

辰巳社長は語ります。
「型押しから出荷などあらゆる現場を体験しました。今も作業服を着て現場に出ていますよ。根っから、ものづくりが好きなんですね。」

スチュワーデスという華やかな職場から、3Kの権化のような職場への転身は、それは想像を絶する大変さがあったことでしょう。しかし、困難にぶつかっても「神よ、われに百難を与えたまえ」「神様は超えられない困難はお与えにならない」「壁を越えてこそ先の光が見える」などの超プラス思考をもって幾多の試練を乗り越えてきたのです。辰巳社長の半生は、そのままドラマや映画になるのではないかと感じてしまいました。

それでは、同社の取り組みで感心させられたことを書き綴っていくことにしましょう。

同社を支える若い技能工

鋳物工場というと年配の職人の労働者がいぶし銀の技術力を発揮しているというイメージがありますが、この会社で働く技能工の皆さんはとても若いのです。

辰巳社長はこう語ります。
「当社のアピールポイントは、『多品種・少ロット・多材質』に対応できる企業だということです。幸運にも現在、お得意先様のOBの方が、当社は“宝の山”だと言って顧問として指導に来てくださっています。宝とは当社の技術力であり、そしてそれを継承する若い技術者がいることです。14年前から、どんなに経営環境の厳しい時も、当社では毎年一人でも新規採用を続けてきました。その彼らが、自社に誇りと愛情を持った生え抜きの技術者として育っています。『優れた人材と技術力を有する当社にできないことはない』というのが、私が常日頃申し上げていることです。 」

この語りでも十二分に辰巳社長が大切にしている価値観が伝わってきます。持続可能な経営を実現していくために“人”が命という人本主義をまっすぐに貫いてきているのです。

ブレーンの効果的活用

上記の語りにも出てきますが、大企業の現役を退いた専門家を顧問として招き、うまく彼らの力を引き出しています。中小企業が高い技術力を堅持していくための方策としては、こうした大企業のOBなどをうまく経営に取り込んでいくことが大切です。辰巳社長は、縁ができた専門家のアドバイスを素直に受け入れて経営に反映させています。神戸大学にまで行き、金属に関する勉強を相当にしたようですが、ご本人は「金属のことはよくわからないんです。」と謙遜しています。女性の経営者は、男勝りの肉食系そのものといったタイプの人が少なくありませんが、辰巳社長はみたこともないくらい謙虚です。

仕事の意味を教えている

「私が意識的に行っているのは、私たちの製品が世界のどこでどんな風に貢献しているのかを具体的に伝えることです。そのようにして、社内全員でものづくりに関わっている喜びを共有したいと考えています。」と辰巳社長がおっしゃられていますが、自分たちがつくっているものがいかに役立っているかということに思いを馳せています。そうすると一見味気ない作業が、俄然、作品をつくるアーティスティックな感覚を社員の心に灯すことになるのです。理念経営の重要な価値づくりを実践されているのです。

豊富な手当

同社では、「社員への思いと取組み」とした社員満足を高めるための実施項目が一覧表にされています。そこには30の項目が掲げられています。毎朝持ち回りスピーチをする朝礼や企業理念の再確認、改善提案、コミュニケーションといった理念経営実現のために重要だと考える課題が随所にみられます。

そのなかで7項目も「手当」について取り上げられています。資格手当、皆勤手当、家族手当、住宅手当、委員会手当、学習手当(任意参加の勉強会に参加した場合に支給)、ボランティア手当(社会奉仕活動に参加した場合に支給)があります。一体感や見守られているという安心感の醸成に一役買っていることは間違いないでしょう。さらに驚いたのはこの30項目の名でエンゲージメント2が実践されていることでした。

エンゲージメント2「私は自分の仕事を正確に遂行するために必要な設備や資源を持っている」の実践

それは、『機器類個人購入制度』というものです。快適職場づくりの一環として実施されています。制度は全社員に適用されています。「安全の確保がよりしやすい」「作業をするのに便利」「もっと作業が楽になる」「作業環境がよくなる」「チームワーク向上に役立つ」「あるにはあるが、絶対数が不足。自分の手元にも置きたい」ということに合致する各種機器類を1名あたり20000円を限度に購入できるのです。重複など無駄を出さないために事務局が申請の採否を決定していますが、素晴らしいと感じたのは目的に適う優れた提案をして購入した者を表彰する制度を連動させていることです。絆を堅くしつつ、考える人材を育成しているのです。天晴れでした。



新SVC通信 第348号(2010.08.09)より

 

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■辰巳工業株式会社(辰巳施智子代表取締役社長)※2015年11月より代表取締役会長
昭和32年設立。資本金3000万円。従業員数36名。主要製品としては、創業当初からの銅合金鋳造品、現在主力のステンレス鋼をはじめとする多岐に亘る材質や形状の特殊鋼鋳造品、それに自社固有技術を活かした各種の大型炉用バーナーノズルなど。この会社では製品を出荷する際には「頑張ってこいよ」という気持ちでいつも製品を送り出しているという。

※オフィシャルサイト
http://www.tatsumi-cast.co.jp/
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