いい会社視察記録

美容室バグジー


前回、これから、『「利潤の極大化」を目的としない組織があらゆる業界でリーダーとなる社会』が現出してくること、そして、それらのリーダーはぶれない確固とした経営理念を土台にした理念経営を貫いてくると述べました。そして、気づいた企業は変わり始めていると示唆いたしました。今週号から、理念経営ということを腑に落としていただくために、実際に旋風を起こしている事例を紹介していきたいと思います。第1回は、すでに業界そのものにまで大きな影響を及ぼしている美容室「BAGZY(バグジー)」を紹介します。

美容室は、全国に21万軒もあるそうです。それだけに激しい競争が強いられる業界です。そうしたなかで、バグジーは売上高前年比120%を維持し続けているのです。快進撃を続ける経営者の久保華図八氏は、会社を大きくするより、いかに中身を充実させるかを考え「利よりお客様の信」を得るべく、心の経営を続けていると言います。そして、お客様に愛される人材が育てば、必ず売上は上がる、ということを信条にしておられます。

従いまして、やはり、バグジーでも社員満足の経営人事が中核にあり、これが徹底されています。日々の仕事を通じて、社員一人ひとりが大切だということを思い、その思いを確実に伝えモチベーションが極大化するように実践をしているのです。スタッフが皆、生き生きと働いていること、これこそが競争力の源泉と断言しています。

久保氏は、15歳で美容の道に入り、23歳で独立しています。アメリカでマスターした最新の美容技術を駆使することでたちまち評判店となり、カリスマ美容師の名をほしいままにしていましたが、奢りで高慢となり、反発した幹部社員が相次いで退職、売上は激減し店が傾きかけるという苦い経験をします。この経験が今に至る理念経営への変化を引き起こすことになります。当時をこのように回想しています。『「技術さえあれば、お客様はいらしてくれる」と思いこみ、お客様が美容室に何を求めていらっしゃるのか、その本質を見失っていきました。失ったのは、お客様の気持ちを感じる心だけではありません。従業員の働きがい、生きがいに思いをはせる真心も失っていたのです。そうしたなかで幹部社員の相次ぐ退社は起きました。落ち込む僕を支えてくれたのは、自らを反省し頭を下げる僕に、「一緒に頑張りましょう」と言って残ってくれた従業員でした。そして、奇跡は起こりました。経営者の僕も変わりました。従業員のホスピタリティ・マインドに火をつけ、引き出してあげるために、「成果より成長」を大切にする経営へと転換したのです。』

新生バグジーでは、新規顧客開拓のために料金割引やチラシをまいてお客様を集めるのではなく、今いらしていただいているお客様に最大限のサービスとおもてなしをすることによって再来店率を高め、そのお客様からの紹介客を増やしていくことに力を入れたということです。ターゲットとする顧客と経営方針を明確にしているということです。美容師は、髪を通じて心身ともにリフレッシュしていただいたり、心が満たされた思いになっていただく仕事と定義づけ、真心は尽くしすぎることはないとしてお客様を親愛なる友達として考え、自分の家に招いたような感じで接するようなサービスを展開するようにしたのだそうです。つまり、売り物が何であるかについても明確にしている訳です。美容技術だけでなく真心や感動も商品としてとらえているということになります。

そうすると、スタッフはただ単にヘアメイクをするだけでなく、例えば自転車で来店したお客様との会話の途中で、自転車のサドルやタイヤの具合が悪いといったようなことを知るや、なんと帰りには修理されていたり、入学や就職が決まったと聞くや鏡にメッセージを書いて祝福するなどのサプライズが日常茶飯的に店で起きるようになっているのです。こういう体験をすることでお客様は感動して、リピーターになっていく訳です。

しかし、そうしたイレギュラーなサービスを実践するためには制約があってはなかなかうまくいきません。従いまして、バグジーでは会社全体にかかわるもの以外のデシジョン(決定権)を早急に各店舗の店長に委譲したのだといいます。権限委譲、付与が社員満足の経営人事を成功させるためには不可欠であるということを物語っているようです。

こうしてお客様に喜ばれたアイデアは他店にも伝わるようにしており、そういう情報を知った他店では、自分の店ではここを変えてやってみようと工夫が加わっていき、それがさらに全店へ広がり進化していくといいます。バグジーでは、これを意図的にマネジメントしているのです。感動の出来事を「天使の仕事」と呼び、全店で共有化し、賞賛し、全社の目標としているといいます。

確かに、社員にとってお客様に喜んでいただく瞬間ほど達成感を感じる時はない訳です。それをひとりの社員限りにせずに、全従業員に喜びの連鎖を広げていくことができれば、間違いなく職場に活気があふれてくるでしょう。仕事上の成功体験、感動体験の共有化をしていくことは、簡単なようでなかなか出来ていない会社は多いのではないでしょうか。

理念経営を実践する企業では、朝礼や業務日誌あるいは、社内報といったコミュニケーションツールを非常に効果的に使っているということが特色です。バグジーでも朝礼と夕礼はチームワークづくりのために欠かせないとして極めて重視しているといいます。それは売上に直結した有効情報が共有化できる絶好の機会ととらえているからに他なりません。

いい機会です。朝礼などがおざなりにされているようでしたら、伝えていくべき内容を再検討してみてはいかがでしょうか。次号では、さらにバグジーでの評価や教育、そして、経営理念を貫くために実践している秘密について探っていきたいと思います。

それにしても、当方はもちろんこの有限会社バグジーさんからは一銭ももらっている訳ではありませんが、いいことをやっていると、こうしてタダで宣伝マンが増えていくものなのですね。一度行ってみたくなりませんか?

新SVC通信 第237号(2008.05.12)より


前号に引き続き、美容室バグジーの紹介をしながら理念経営についての理解を深めていきたいと存じます。このバグジーさんですが、そのやっていることがコミックになって紹介されています。今、成功しているノウハウが同業者に筒抜けになる訳ですが、ここにこれまでとは違う大きな特色が滲み出てきます。

理念経営を貫く21世型の企業はひとり勝ちをよしとしない企業文化を極めて鮮明にしています。これは以前にご紹介した伊那食品工業さんでも明確な姿勢として現われておりますが、寒天業界そのものの付加価値を高めていくということを経営活動の主目標にもしているのです。埼玉県在住の当方のスタッフが県内の美容室に行ったところ、なんとバグジーの久保社長の言葉がトイレに貼ってあったので驚いたといっていました。そして、その美容室は、バグジースタイルを模倣しようとしていることがよくわかったといいます。競合のお店を競合が自社のお客様に紹介しているのです。トヨタの販売会社に行ったら、トイレにホンダの社長の理念が貼ってあるようなものです。

ここにはっきりしていることがわかります。すなわち、業界内での対競合との勝ち負けについては、21世紀型企業では重視すべき価値として重きを置いていないということになります。従いまして、勝ち組、負け組という概念やルールは存在しないのです。しかし、成長していくためには競争相手は必要です。

その相手はどこにいるのでしょうか。

それは、昨日の自分たちということになるのです。昨日よりも今日、今日よりも明日、お客様を感動させるサービスが出来たか、ファンを一人でも多くすることができたか、と常に人差し指を自分の方に向けて経営を持続しているのです。だからこそ「お客様が喜ぶことなら何をやってもいい」というのがバグジーの経営理念となるのです。

そして、久保社長はこう言います。「会社を大きくするより、いかに中身を充実させるかを考える。お客様は店舗が増えることより、より心地よい真心のサービスを望んでいる。拡大より充実を望んでいる。」実際に金儲けだけを考えれば、これだけの評判となった今、東京に店舗展開をすれば、たちまち大ヒットする美容室をオープンすることができるに違いありません。しかし、かたくなに北九州エリアから出ようとしません。

それが理念に反するというぶれない判断があるからと推測されます。すると、ますますコアなファンが増え続け、近くに行ったらぜひ寄ってみようとわざわざ客(注:通りすがりにお店に来たお客様を『たまたま客』というのに対して、遠路にもかかわらずその店を目当てに訪れるお客様を『わざわざ客』といいます)を生み出すことになります。

このわざわざ客の多さやリピーター率、これこそが21世紀型企業の大切な指標ということになるのです。久保社長は、お客様の満足が数字となって表れる指標をほめていくとして、具体的な指標については、売上額ではなく、再来店率、定着率、紹介率、感謝の手紙の数、予約率、人気、評判などを重視しているという考え方を明かしてくれています。

これは理念経営を実践しようとする際の評価制度として、非常に参考になる示唆と思われます。当社にとって、お客様満足が数値になっているもの、あるいは数値化できるものは何か、改めて考えてみると、これまでとは違った仕事のとらえ方ができるようになるに違いありません。

また、経営理念を浸透させるために教育を重視しているということが著書の中で出てきます。まずは新人教育です。ファーストプリントという考え方を披露し、『入社式に、新入社員のご両親に子供への思いを手紙にしていただき、ナレーターが一人一人読み上げる。参加したほとんどすべての人が号泣する。新入社員と10日間寝泊りをする合宿を行っている。ここで自分たちが行う仕事の価値、経営理念を徹底的に植え付け、人間を変える。』という取り組みを行っているというのです。

今となっては、バグジーの経営理念にあこがれて、それこそわざわざ入社してくる社員には事欠かないでしょうが、まだ進んでいこうとする方向への理解が得られなかったときは、徹底的な理念の刷り込みが必要であったことは想像に難くありません。理念経営では採用時に経営理念についての理解促進のための教育が非常に重要なキーファクターになってくることになります。

さらに、バグジーでは、『その合宿で、新入社員が書いたやる気あふれる感想文を幹部社員にみせる。こうして責任感を発起させる。』のだそうです。なるほど、新人たちが意気揚々として職場に配属されてくるということを店長はじめとする先輩スタッフの心に感じさせる試みも新人教育と同時にしている訳です。これも非常に効果的であることでしょう。

そして、そうしたマインドの高さを維持していくためにも継続教育に気を使っているといいます。『私たちは、技術を売っていると同時に、一人ひとりの人間的魅力も売っていることになります。そのため、技術の向上ばかりでなく、心を育み、豊かにする勉強を欠かすことができません。教育は3回やるとして、2回はスキル、1回は心の勉強会にしている。心に残る小説の一節を互いに声に出して読みあうだけでもいい。最初は、その一節を聞いて涙を流す従業員はいませんでしたが、今では、号泣する者も出てくるようになった。それだけ従業員の心が優しくなった証拠です。』と語っています。

研修は、閉店後に行うのでは、従業員は疲れきってしまうので、営業中に各店でローテーションを組んで行っているというのです。せっかくいいことをしたとしても、例えばそうした教育を就業時間外に行なって何時間も拘束したり、これは必要なことだからと適正な残業手当を支払わないとするならば、効果は半減もしくはマイナスになる可能性もあります。こうしたことにまで徹底していくことで、会社は本当に私たちのことを考えてくれているという感情が湧き、社員満足が高まり帰属意識も強く芽生え、結果として、お客様の期待を上回る仕事を実践するレベルにまでの人財に育っていくことになるのです。

美容業界では、1年で30%くらいの従業員が辞めていくといわれている中、バグジーでは過去4年間でたった数名しか辞めていないということです。美容業界だけではなく一般企業にも通じる普遍的な考え方が随所にあると感じます。いいと思ったことはすぐに模倣していきましょう。

新SVC通信 第238号(2008.05.19)より



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