伊那食品工業株式会社|企業名|人本経営企業のベンチマーク|株式会社シェアードバリュー・コーポレーション

人本経営企業のベンチマーク

伊那食品工業株式会社

伊那食品工業の「感動経営」に学ぶ

当通信でもすでに紹介していますが、「いい会社をつくりましょう」を社是にしている伊那食品工業について知れば知るほど元気が湧いてくる気がします。会長である塚越寛氏の同タイトルの著書を拝読しました。随所に忘れかけていた、しかし、失ってはいけない心やうん蓄のある考え方が宝石箱のようにちりばめられていると感じました。

そうしたことを宗教家や学者が言うのであればさして驚きはありませんが、この日本で中小企業の経営者が語っていることに新鮮な感動を覚えてしまうのです。しかも、理想だけはよくても結果が出ないのでは、現実は甘くないとなるところですが、50年近く著書に書かれた信念に基づき会社経営を続け増収増益を達成し続けてきたということですから、その説得力は鋼のように揺るぎがない強さで迫ってきます。当通信の読者の皆様には、ぜひ一読をお奨めいたしますが、なかなか忙しく時間がないという方もおられることでしょう。せめて当通信をお読みいただいている時間に一端でも感動を共有してもらいたく、「感じ入る言の葉」をご紹介してきたいと存じます。

「ペンギンのくちばし」
ペンギンに歯がありませんが、それでも魚を取ることができます。なぜでしょうか。くちばしの中の毛が、みんな内側を向いて生え揃っているからだそうです。毛の一本一本の力は弱くても、すべての毛が同じ向きになって集まれば力は強くなり、魚はくわえられたら最後、もがいて逃げることはできません。会社において、くちばしの毛の方向にあたるのが経営理念です。社員みんなが同じ方向、つまり共通の基本的な理念を共有し、目指していきたい。ひとり一人の力は小さくても、みんなで集まって同じ方向に向くことで、大きな力になります。


経営理念とは何か、ということについて、これ程わかりやすい例えを用いて説明している文献をみたことがありません。著書を読んで感じるのは塚越会長が比喩の達人であるということです。比喩をうまく使うこと、これはいいコミュニケーションをするためには非常に重要なポイントかもしれません。ところで、社員全員が同じ方向へ向かうということになると個性が埋没してしまうのではないかという指摘がされるところでしょう。これに対しては以下のように答えられています。

やはり使われていた「クレド」

「理念の金太郎飴」
「金太郎飴はダメ」といわれていますが、理念がなく、あるいは理念の理解がバラバラで、経営の手法だけを同じくしようとすると、言動のすべてに個性のない「手法の金太郎飴」になり魅力的な会社にはなれません。そうではなく、いわば「理念の金太郎飴」をめざしたいものです。みんなが進むべき方向、理念を共有していることが必要です。山にたとえれば、「あそこへ登ろう」という明確な一点です。根柢の理念は同じで、手法は個性的であれ、ということです。頂上へ向かうときの服装や歩き方、ルートはさまざまあっていいのではないでしょうか。


なるほどこれもまた絶妙の比喩です。例えば、何かのテーマについて問いかけたとき、ここの社員は誰と話していても、あるべき姿や考え方がぶれていない状態になっていようということです。しかし、これを徹底させることは容易なことではありません。伊那食品では「いい会社」であるために、売り上げや利益の大きさよりも、会社が輝きながら永続することにつとめると経営方針を打ち立てています。

実際、この会社のホームページをみただけでも、小さくとも輝き続ける会社でありたいということがストレートに伝わってきます。キラキラと眩しいのです。どうしてそうなるのでしょうか。その秘訣は、社是を具体的に実現させるための心掛けをまとめた「社是カード」を作成し、全社員に配布し、常に意識をするようにしていることにあるようです。これは、表現こそ違いますが、最近、当通信で取り上げている「クレド」そのものといえるでしょう。どんなことが書かれているのでしょうか。

感動を呼ぶ良心の経営

「社是カード」
・ファミリーとしての意識をもち、公私にわたって助け合おう
・創意、熱意、誠意の三意をもって、いい製品といいサービスを提供しよう
・すべてに人間性に富んだ気配りをしよう
・功徳心をもち社会にとって常に有益な人間であるように努めよう


これは強烈です。たった4項目ですが、何を最優先にして行動しなければならないか、実に端的に感じてしまいます。これを徹底しているならば、良心が社員に芽生えてくることは確実であると考えられます。そして、それを会長自らが率先垂範しているだろうことが次の言葉からうかがえます。

「人件費の総額が多いことはいいこと」
人件費は、幸せを求めて働く社員たちへの労働の対価であり、この支払は企業活動の目的そのものです。人件費の総額が多いことはいいことである。削減の対象とすべき経費ではない。家族で事業を始めると家族全員の給料を増やそうと努力します。ファミリーというのは小さな家業のときのように、会社を構成する社員全員の幸福を願う意識のこと。


繰り返しますが、世間知らずの学生や思想家の言葉ではありません。きったはったの世界で50年間も生きてきた中小企業の社長が語っているのです。驚きを隠せません。しかし、それが実現できることを塚越会長は身をもって知らしめているのです。こんな企業が増えてくれば、わが国そのものが輝いてくるに違いありません。黄金伝説ジパングが現実のものになることでしょう。次号も引き続き伊那食品ワールドに触れていきます。


新SVC通信 第234号(2008.04.21)より

伊那食品工業の「感動経営」に学ぶⅡ~実践へ

前号に引き続き、伊那食品工業で実践されている経営人事から、学び、そして、それを取り入れ、今よりも現状をいい方向へ向かわせるためのナビゲーションをさせていただきたいと存じます。

経済学では、企業の目的は「利潤の極大化」であると教科書に書いてありますし、資本主義であるわが国で会社を経営する社長やそこで働くビジネスマンもおよそこれには疑いをもつ人間はいないのではないかと思われます。しかし、伊那食品工業の会長である塚越会長は、ここに他とは違った明確な理念を打ち立てられています。

「会社にとって利益も成長も手段」
会社は会社自体や経営者のために利益をあげ、発展するのではなく、会社を構成する人々、社長を含めて社員全員の幸せのために存在する。健全な事業活動をやったあとに残るのが利益です。目的のための手段にすぎない。従業員を幸せにするという会社の目的を忘れてしまうと、目先の数字、目先の利益を優先する経営になり、幸せは二の次、三の次になってしまう。いつも原点に立ち戻って考えたい。


「いい会社をつくりましょう」という社是から従業員を幸せにする会社でなければならないという思いが端的に伝わってきます。その会社の社員でよかったと思うときはどんな時でしょうか。それはやりがいがあることでしょう。自分が必要とされていると意気に感じ、そして、やった仕事が社会に役立っていると心から実感できる達成感が満たされたとき、何物にも代えがたい満足感がえられるのだと思います。

給料がいい悪いというのは、いわゆる衛生要因ですから、いい仕事をしたとしても、これではやっていられないという低さでなければ、そこに不満は生じてはこないと考えられます。ですから、それなりの報酬を支払ってあげられるように利益は確保されなければなりませんが、それは手段であって目的ではないという考えを貫かれているのです。そして、目的と手段の取り違えを起こさぬように、これまた、他にはみることのないことを実践しています。なんと数値目標を掲げないというのです。

揺るぎない信念と確固たる自信と厚い信頼

「私は、成長の数値目標を掲げません。」
売上や利益の数値は、自然体の年輪経営の結果であり、前年を下回らないという歯止めさえあれば、あえて数値目標を掲げる必要はないと思うからです。売上高を伸ばすことを目指す代わりに、社員がそれぞれの能力を十分に発揮できる環境づくりを心がけ、社員には出来る範囲のベストを尽くすことを求めています。


ここまでくると経営者としての凄みすら感じてしまいます。数値目標をもたない会社など、企業経営を教えるビジネススクールでは絶対に存在しないモデルなのではないでしょうか。しかし、何度も言いますが、寒天づくり一筋に同社は48年増収増益を達成し、全社で170億円、従業員1人あたりにして4,000万円超という堂々たる売上実績を上げているのです。

これが実現できているのは、健全な事業活動をやれば利益はついてくるという信念に揺らぎがないからでしょう。そして、その信念は、社員の能力を最大限に向上させ、最高のパフォーマンスを発揮させるために人事マネジメント、労務管理を徹底しているという自信と社員は応えてくれるという厚い信頼があるからに違いありません。

同社を取り上げた1時間ほどのドキュメンタリーDVDを観たとき営業マンの活動シーンが出てきましたが、本当にノルマがないのです。営業マンは、接着剤を製作している工業会社に寒天を素材に出来ないかと提案をしますが、何度も相手担当者と協議をして、相手が納得して望む商品になるように徹底的に折衝していきます。今やっていることが今年成果にならなくてもいい、数年先に実を結べばいいという姿勢がみてとれました。これが伊那食品工業なのだと感じました。提案された側は信頼を深めていき、やがて、こう思うことでしょう。『ここまでしてくるとは、いい会社だな』と。

伊那食品工業は奇跡ではなく実現できる

「最も大事な効率化は社員のモラールをアップさせること」
機械化、省エネなどにより、効率化経営、合理化の実践をすることが重要であるが、もっと大事な根本的な効率化策に目を向ける必要がある。それは、社員のモラール、つまり士気、やる気の向上です。人間は、本当にやる気を起こせば、2倍、3倍もの力を発揮する。機械はカタログに記載された能力しか期待できない。


これも極めて真理をついた心にくる示唆と感じます。確かに、機械は設計された以上のことはできませんが、人間は時として不可能を可能にすることをしている訳です。人数が多く最新の設備を導入していたとしても不満が爆発してやる気のない従業員ばかりになってしまっている大企業なら、志気に満ちて活気あふれる中小企業のほうが勝つチャンスがあるかもしれないということに気がつき勇気が湧いてきます。

こう考えると、今、いる社員がとても大切に思えてきます。本来もっているやる気を十分に引き出せているのか、輝こうとしているのに磨いてやることをしていないのではないか、実はすごいアイデアや提案をしてきていたのにちゃんと聴き入れていなかったのではないか…。

そう感じていただけるなら、今から、いい方向に会社や組織が変えていくことができるかもしれません。こう塚越会長は語っています。

「将来に夢があり、快適な職場環境や待遇など、昨日よりは今日、今日より明日へ、どこかが良くなっていくような会社であれば、社員は毎日ベストを尽くしてくれます。」

どうせ、うちの会社や組織は変わらないと諦めないでください。少なくとも、自分が変わることはできるのです。自分が変わることで周りを変えていくことへのチャレンジをすることもできます。奇跡は起きるのではなく創ることができることを伊那食品工業から学びました。いい会社、いい組織をつくっていきましょう。


新SVC通信 第235号(2008.04.28)より

 

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■伊那食品工業株式会社(塚越寛会長)
長野県にある寒天メーカー。1965年創業。資本金9,680万円/社員数405名(男203名、女202名)/売上高174億円。48年間増収増益を達成。国内マーケットの80%、世界で15%のシェアを誇る。

※参考文献
『いい会社をつくりましょう』 伊那食品工業株式会社会長 塚越寛 著
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