第1118号 孔子のいう耳順とは何か
2026.1.26
自利利他という言葉があります。
「利他を実践すれば、いつかは巡り巡って自分の利益になる」というような考え方ではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せなのだ」という意味です。それが生きていて実現できたと弟子に伝えたのが孔子です。
耳順という深い意味
孔子は、40になってあれこれと迷わず(不惑 ふわく)、50になって天命をわきまえ(知命 ちめい)となったと説きました。そして、天命を全うしている人間が還暦を迎えたなら、改めて耳順(みみしたが)えと教えています。天命を全うしている人生を送っているからと言って、奢るな、偉ぶるなという教訓です。これはとても深いことを伝えているとしか言いようがありません。
恩師の坂本光司先生が教え子たちに事あるごとに訓示されている戒めこそ耳順の心根
恩師の坂本先生は、いつの時代も「正しいか、正しくないか」「自然か、不自然か」を軸にして考えるべきです。「儲かるか、儲からないか」「成長するか、しないか」ではなく「正しいか、正しくないか」「自然か、不自然か」を軸にすれば、間違った方向に進むことは決してない。と説かれています。
人として大事な示唆
この訓示は経営者に対して投げられたものです。しかし万人にとって心しておかないとならない教訓といえるのです。正しくない、不自然な生き方をしていくと、刹那は都合がよいかもしれないですが、すぐに不幸な現象や自分にとって後悔やもう戻れない残念な結果が待ち受けているのです。その理由は、関わる人や対象者との関係の質を破壊していくからです。関係の質を破壊するから結果の質は推して知るべしになるのは当然の帰結といえるでしょう。
耳順とは何が正しいか、耳を澄ますこと
何が正しいか、これは実はしっかり意識しておかないと、すぐに規範が崩れてしまうので注意が必要です。胡坐をかくと正しさが失われていきやすいことを肝に銘じること。芸能界を揺るがした性加害問題が象徴的ですが、スターやタレントプロダクションの社長が、安定した地位や成功に満足して、相手への慮りを忘れて、増長して傲慢になる行動をすることが正しくないということなのです。そのような正しくない行動は刹那の快楽や満足という煩悩によって引き起こされ、明るみになると一変にすべてを失ってしまうのです。実に怖ろしいことです。
正しいという状態
1113号で考察したとおり、関係の質を高めていく状態は自己肯定と他者肯定が一致している、つまり自分もOK、相手もOKのこの状態でしか叶わないということがハッキリしています。
その状態を実現していくことが正しいということに他なりません。そして、その状態ができているときは、楽しいという結果も必ず生じてくるのです。そうした60代を過ごすと70歳の古希を迎える時分には、自分の思うままにふるまっても、矩を超えない、すなわち人の道を外さない生き方ができる人間になっているというのです。つまり自利利他、あるいは忘己利他の境地に達すると説いているのです。本当に有難く貴重な教えであると驚嘆させられます。
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