第1037号 人的資本経営、違和感の正体

第1037号 人的資本経営、違和感の正体

ここのところ人的資本経営についての疑念をレポートしています。今週号もこの問題を取り上げていきます。そして核心に触れてみたいと存じます。

人を大切にする経営(人本経営)と人的資本経営は明らかに違う

経産省が人的資本経営とは何かということについて「人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。」と定義したことでこの文言が広まっています。

当方も、あり方に極めてこだわっている人本経営に対抗する軸、あるいは拮抗する軸として、いよいよ新しい基軸が示されたのかとずっと注視し情報を収集してきました。

しかし、ずっと違和感が拭えないできました。そして、その正体がようやく見えてきました。

人的資本経営は「あり方」の問題でない

様々なシンクタンクやコンサルが人的資本経営の実践方法を解説していますが、そのほとんどすべてが、「あり方」でなく「やり方」すなわち手法について論理展開をしているのです。「人的資本経営とは」と検索すると以下のコンサル会社のページが上位に出てきます。

人的資本経営とは?取り組む意義や人的資本の情報開示の進め方を解説

冒頭で「人的資本経営とは、長期的な企業価値向上を目指し、人的資本のパフォーマンスを最大化する経営のあり方です。」と打ち出しているものの、もっともらしい人的資本経営が注目されてきた背景を長々と論じ、肝心要なその目的についての言及がなく、「進め方」の紹介に論旨が展開されています。「あり方」に近い概念としてその「意義」としているのは次の3つ。

  • 人的資本に戦略的投資を行い、加えて、優秀人材の発掘や採用・育成する戦略的意義
  • 投資家やステークホルダーへの訴求といった経済的意義
  • サステナブルな経営活動を推進しているという社会的意義

人的資本経営は手法の論理展開だった

「あり方」とは、軸のことであることに疑いようがありません。軸とは、要。物事の要となるものです。上記の説明で、「どんな思いで」「どんな心構えで」「何のために」人的資本経営をやるのか果たしてどれだけの方に伝わるのでしょうか。

違和感の正体はここです。人的資本経営には軸がないのです。その理由は「あり方」ではなく「やり方」の理論だからなのです。つまりモノは貸借対照表、カネは損益計算書といった財務諸表の開示原則があるように、ヒトについてこのように開示していくといいよという、いわば単なる手法の議論にすぎなかったのです。

日本企業にも人的資本の国際基準ISO30414に準拠し情報を開示し認証される事例が増えてきました。その詳細を精査すると業績軸と幸せ軸が8:2で混在されています。これが軸がないという証左です。認証された企業の開示内容をみると、障がい者雇用に積極的でない、高齢者に冷たい、高い離職率、男女の賃金格差が歴然としているなど業績軸経営を推進しているとみられる企業のそれは正直悲惨です。

幸せ軸に舵を切ったうえで人的資本情報を開示していくこと

流行りだから、先端だからと大した中身がないのに、急いてISO30414などの人的資本情報を開示していくことはやめた方がいいと進言します。今後、関連情報が的確になっていくにつれ、その欠陥が目立ち、それこそ求職者に良い印象はもたれなくなっていくことは確実です。

きちんと幸せ軸、例えば人本経営の実践を少なくとも3年は試みて、社員の幸福度指数や重要な経営人事の数値が誇れる状態になったことを確認したうえで、人的資本情報を開示していくことをお奨めいたします。真に大事なことは、目的、軸なのであります。

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