第836号 未曾有のコロナ災禍下スペシャル企画 日本の針路Ⅵ 過去の成功体験

第836号 未曾有のコロナ災禍下スペシャル企画 日本の針路Ⅵ 過去の成功体験

未曾有のコロナ災禍下スペシャル企画 日本の針路Ⅵ 過去の成功体験

■敗因⑥ 大艦巨砲主義へのこだわり(過去の成功体験)

大東亜戦争の戦火の口火をきったのが真珠湾攻撃でした。

その当時の軍事戦略では、戦艦による武力の差が優劣を分けるということが定説でした。このため、台頭してくる日本軍に対して牽制を行い、欧米列強は軍縮会議で戦艦保有数を英:米:日、5:5:3に制限する条約を強制しました。日本は不服を述べていましたが受け入れられませんでした。

このため連合艦隊長官である山本五十六は、序盤でこの戦力差を一気に解消して戦いを有利に進めるため、空母を中心とした航空機動部隊により、戦艦ではなく航空兵力で米国の艦隊を撃滅させる手段を取りました。

太平洋をはるばる日本からハワイにまで艦隊を進撃させ、空から敵基地を叩くということは奇想天外な発想でした。日頃鍛え抜かれた兵士たちは、それこそ乾坤一擲の大勝負をしかけ、華々しい戦果をあげることを成し遂げました。

また、同じ開戦当初、マレー半島沖で英国軍の最新鋭戦艦2隻も航空機だけで撃沈するという世界初の海戦も行われ、世界に衝撃を与えました。

■新機軸という成功体験を生かせなかった日本

こうして日本は新機軸を打ち出し、それまでの前例に踏襲されない戦法を考えて挑み、結果を出したのですが、その後、昔ながらの戦艦中心の戦いを重視するようになってしまいました。

日露戦争での過去の成功体験により、戦艦を絶対視する大艦巨砲主義という固定的な発想が、重鎮である軍首脳の頭にこびりついていたのです。

巨大戦艦大和、武蔵が建造され、連合艦隊は威風堂々としていたのは確かですが、初戦で航空兵力による成果を遂げたという新しい成功体験があったにもかかわらず前例踏襲で変化しなかったことで致命傷を負うことになっていきます。

痛手を被った米国のほうが、航空兵力の可能性を察知し、空母の増産と航空隊による戦力強化へと変化していきました。この時の対応の差が、後の天下分け目といわれたミッドウェー海戦でくっきり明確に出てしまうのですから、皮肉としか言いようがありません。

その戦いで、日本海軍は虎の子の空母4隻を米空軍に撃沈されるという大惨敗を喫しました。このとき、信じがたいことですが、戦艦大和は温存され、はるか後方の安全地帯にいて一発の大砲も放てなかったのです。

その後も米軍は戦艦同士の艦隊決戦を極力避け、航空戦力の増強を予断なく進め、次々に最新鋭機を開発し、世界最高性能といわれていたゼロ戦はみるみるその位置を明け渡していきます。一方、日本はついぞゼロ戦の後継機の開発は行われず、戦況を左右する制空権を米軍は制していくようになり勝負は決していきました。そして、戦艦大和は一度も艦隊決戦の機会を得られず、最期は哀れにも単騎で沖縄に特攻していき、米空軍に徹底的にいたぶられて、沖縄に遥か程遠い鹿児島沖の海に乗組員3000人の命と共に沈んでいきました。乗組員の悲惨と無念さは筆舌に尽くしがたいものがあります。

自ら成功体験をしたにもかかわらず、過去からのやり方に拘泥し、変化をせず、結局何もかも失っていったのです。

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