第736号 「大企業で1万人が全員幸せ」という会社は日本に現れるか

第736号 「大企業で1万人が全員幸せ」という会社は日本に現れるか

「大企業で1万人が全員幸せ」という会社は日本に現れるか

このようなことを慶応大学の工学部の教授が語る時代になってきました。語られているのは、前野隆司氏。ロボットや機械工学の研究をしているエンジニアとしてキャリアを積み重ね、現在は「幸せの研究」に至っているといいます。ロボットと幸せ、一見違うようですが、どちらも人間の心を扱っていて、それをエンジニアリングの中の設計論という視点から研究を進めているといいます。

その前野氏、昨今の働き方改革について、アプローチが間違っていると断罪しています。すなわち、効率化・時短を目的に進めると、次にくるのは「やらされ感」となり、結果として不幸な働き方となってしまう。そうではなく、幸福を増大させてくいことを目的にするのが重要で、そうすれば、より働きやすくやりがいのある職場づくりが進み、信頼関係の厚いチームが形成されていき、結果として効率化・時短が実現されていく、と指摘されています。

■「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」

また、幸せには「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」があると述べ、金・モノ・地位の地位財による幸せは長続きしないと語られています。お金、例えばボーナスがたくさん出たら、「やった」と幸せな気持ちにはなりますが、それは急速に冷めて長続きはしないものだと説かれています。利己的な欲(金も欲しいし物も欲しい等)、そういう欲による幸せは長続きしないように、私たち人間はできているといいます。一方、長続きする幸せは「精神的・身体的・社会的に良好な状態」で、WHOが「精神的・身体的・社会的に良好な状態(Well-Being)である」ことが健康の定義だと述べているとおり、精神の健康・身体の健康・社会的に安全で安心な良い環境にいることが、実は長続きする幸せに影響することが、研究によってわかっているとしています。

当通信でも、同様の指摘はマズローの欲求5段階説をなぞって論じてきましたが、生理的欲求、安全の欲求といった物質的欲求は「満足度」の領域、愛と所属の欲求、承認欲求は「幸福度」の領域で、人本経営者が努めて重視すべきは、幸福度の増進が日々感じられる職場環境づくりであると伝えてきました。前野氏の見解は、ほぼ人本経営に通じるあり方を呈示されていると感じます。坂本光司教授のいた法政大学は中小企業経営、慶応大学は大企業経営のオーソリティーという棲み分けが学会では通念になっていますが、前野氏は幸福学を大企業で展開しようと志向されているようです。

■そう簡単ではない大企業での人本経営

前野氏の説には共感できる部分が多々ありますので、今後大企業で本格的に人本主義の色濃い企業が支配的になっていくのを大いに期待したいところですが、これがなかなか難しそうだというのが現実です。

例えば、ヤマト運輸。1年前に業績軸から幸せ軸へ大きく経営の舵を切ったということは既報しています。長時間労働が蔓延している現場の労務状況を改善するために、大口顧客との取引実態の見直し、料金の値上げ、過剰サービスの見直し、正社員化、スタッフの増員と矢継ぎ早に策を繰り出していきました。

前野氏が指摘するように、超効率化に成功したからこそ大企業になっているわけで、それを目的でなく結果とする「人を大切にする経営」が組織に根差すためには、大企業にとってコペルニクス的転換が必要です。中小企業でも、この真逆感覚の経営を徹底することは相当に骨が折れます。ピラミッド型階層組織が堅固で、上位下達の業務命令が絶対の組織風土が強い大企業では、改革は経営者・経営陣の圧倒的本気度のリーダーシップが絶対に不可欠となります。

これに成功し、ベンチマークの見本となる大企業の出現が待たれます。そういう意味でトヨタに頑張ってほしいのですが、どうにも最近のトヨタは「?」が多くなっていて心もとないのが現状です。

出でよ、人本成功大企業!

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