第689号 追い求めるのは、満足度ではなく幸福度|2017|新SVC通信|株式会社シェアードバリュー・コーポレーション

新SVC通信

2017/06/19

第689号 追い求めるのは、満足度ではなく幸福度

「人を大切にする会社」に関するトータル情報誌
新SVC通信 第689号



追い求めるのは、満足度ではなく幸福度



CS(顧客満足度)とES(社員満足度)の関係性について「高いESがあればこその高いCSが実現するので、まずもってESを向上させることが重要である」という考え方がだいぶ普及してきたように感じます。

しかし、これに異を唱えたのがネッツトヨタ南国の横田英毅相談役でした。「満足を追い続けていくと、やがてつじつまが合わなくなってくる」と語られています。例えば、給料をいくらもらえば満足かという価値観は人によって違いますし、高ければ高いほど満足するということになれば際限がなくなってしまい、やがて経営に行き詰るという局面が生じるというのです。一方、「今日もこの会社で働くことができて、たくさんのお客さんに喜んでもらえ、いい一日だった」という充実感は、明日も明後日も再現が出来る状態です。その充実感は、日本理化学工業の大山泰弘会長がいう『人の究極の幸せ』を感じていることにほかならないでしょう。

究極の幸せとは、「人から愛されること」「人に必要とされること」「人の役に立つこと」そして「人からほめられること」の4つで、愛される以外の要素は社会との関わり、すなわち仕事を通じて得られる幸せであるという考え方です。

西精工の西泰宏社長も、「満足度ではなく幸福度を意識することが重要だ」と語られています。曰く、「配偶者に対して、『俺と結婚して満足か』とは聞かない」と、なるほどという指摘をされています。

■満足と幸福の違い

満足と幸福、確かに似て非なるものであると感じさせられます。

「満足」は物質的欲求を満たしたときに起きる現象といえます。美味しい食事が出来てお腹が満たされて満足、去年より賞与が120%上がって満足、といった具合です。つまり、自己中心的な概念の中にあるのが「満足」なのです。

これに対して「幸福」は、物質的欲求が満たされたときにも起きますが、それだけではなく、他者との関わりがあったときに、より明確に意識される感覚です。これは究極の幸せが、すべて「人」、つまり他者が原点になっていることからも明らかです。すなわち、自己中心ではなく自利利他的な概念の中にあるのが「幸福」ということになります。

■満足の度を過ぎると不幸になる

満足を求め続けていくと、人は不幸になるリスクが高くなるという事実があることも改めて考えておく必要がありそうです。美味しいものを食べるといった満足も、度を過ぎて追い求め続けていけば、やがて肥満となり、幸せを司る健康を損なってしまいかねないのです。宝くじに当たり、巨額の賞金を得た当選者がその後、そのせいで不幸な人生になっていったという事例もよくある話です。

逆はどうでしょうか。幸福になることを求め続けていくと・・・。

大好きな意中の人と結ばれず、とても幸福ではないというのは、幸福になることを求め続けているのではなく、所有欲という物理的な欲求を満たそうとしていることになるので、満足の範疇になります。

そうではなく、本当の幸福の追求は、日々、関わる他者との関係の質を高め続けていく行動で、見返りを求めるものではありません。今日もいい一日だったという感謝で終わる日々を重ねていくことです。

これを365日続けていけば、確実に去年よりも成長している自分を実感することができるでしょう。そして、幸福を追求する人本経営を実践し続けている経営者の皆さんの、まるで仏様のようなオーラや表情を浮かべている状態に近づいている、と手応えを感じることが出来るでしょう。

満足と違い、幸福を追求していけば、より健康である自分を実現できる可能性が高まるのです。

■目に見える満足、目に見えにくい幸福

美味しい料理や給与水準など、満足は可視化できますからとても分かりやすいのです。これに対して、幸福は目に見えにくいので苦労します。

お客様からのサンキューレターを大切にして朝礼などで社員と共有していく、社員同士がありがとうカードを交わす習慣をつけていく、あるいは年に一度社員を盛大に表彰するような儀式を行う、といった行為は、まさしく見えにくい幸福を見えやすくしようとする取り組みに他なりません。

満足と幸福の違い、そして個人が、また会社が目指すべきものはどちらが大切なのか、ぜひ一度、社内でディスカッションしてみてはいかがでしょうか。いい議論が出来たなら、いい会社といえるでしょう。


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